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最高裁判所第三小法廷 昭和40年(行ツ)14号 判決 1967年10月24日

熊本市細工町三丁目三二番地

上告人

鈴木コギク

右訴訟代理人弁護士

東敏雄

同市行幸町二〇番地

被上告人

熊本税務署長

佐藤浩

右当事者間の福岡高等裁判所昭和三九年(行コ)第一二号課税処分取消請求事件について、同裁判所が昭和三九年一一月一一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人東敏雄の上告理由第一および第二について。

原判決引用の第一審判決の認定したところによれば、本件宅地建物を訴外光多俊三郎および同藤江甚吉から取得するための対価には、上告人の夫陽司の右光多に対する貸付金、立替金その他同人の出金、すなわち右陽司の特有財産に属するものがあてられたというのである。従つて、同判決が、右宅地建物の譲受人は右陽司であり、上告人はこれを陽司から贈与されたものと推認したのは相当であつて、これを引用した原判決に、所論の違法は認められない。論旨は、婚姻中夫婦の一方の名で取得した特有財産の実質は夫婦共同の財産にほかならないことを前提とする独自の見解にすぎず、採用できない。

同第三について。

原判決引用の第一審判決は、詳細な証拠判断によつて甲第四号証ないし同第七号証の信用できない旨を説示し、前叙のように、本件宅地建物取得の対価が上告人の夫陽司の負担によつた事実を認定し、同人をもつて譲受人としたのであつて、その認定判断に違法と目すべき点は存しない。従つて、所論のように右譲受財産が当初から上告人夫婦のいずれの所有に属するか明らかでない場合にあたるものではない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の採否ないし事実の認定を非難するに帰し、採用に値しない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄)

○昭和四〇年(行)ツ第一四号

上告人 鈴木コギク

被上告人 熊本税務署長

元吉政夫

上告代理人東敏雄の上告理由

第一、原判決は、訴外光多俊三郎は昭和三十八年頃から控訴人の夫鈴木陽司に対し、別紙目録(三)の建物の二階を賃貸していたが、その後相当債務を負担することになつたので、鈴木陽司に対し数回にわたり金融を申込み、その都度金員を借り受け、同人宛借用証を差し入れていたが、それが合計一三〇万円にもなつたので、その債務担保のため昭和三十五年四月二〇日別紙目録記載(一)ないし(三)の土地建物につき、債権額百三拾万円、債権者鈴木陽司とする抵当権設定登記、およびその債務を弁済しないときは所有権を移転する旨の停止条件付代物弁済による鈴木陽司のための所有権移転の仮登記をしたが、その債務の弁済ができないばかりか、他にも金員の必要が生じたゝめ右土地建物を売却する必要に迫られ、結局鈴木陽司に対し、金百三拾万円で売渡すことになり……」

「その後……訴外藤江甚吉所有の熊本市長谷町六九番の土地およびその上の建物を買受けることになつたこと、鈴木陽司は光多俊三郎の依頼により藤江甚吉から土地建物買受の交渉に当つたが同人が土地建物全部一括でなければ売らないというのに、光多俊三郎に資金の余裕がなかつたので、その土地を分筆し、その一である別紙目録記載(四)の土地を鈴木の方で買受けることにし、またその地上建物が非常に傷んでいたので鈴木陽司の方で修繕したうえ、光多俊三郎に対し、同人が藤江甚吉に支払うべき土地の買受代金、鈴木陽司に支払うべき右建物の修繕代金および同人から借受けていた金百三拾万円の債務と、鈴木陽司が光多俊三郎に支払うべき、別紙目録記載(一)ないし(三)の土地建物の代金との差額を支払い、その精算関係を記した鈴木陽司名義の書面を交付してゐること、したがつて、光多俊三郎および藤江甚吉は別紙目録記載の土地建物の買主を鈴木陽司と考えており、その所有権移転登記が控訴人名義でなされていることは知らなかつたことが認められ、右事実に前記五名間に争いのない事実を併せ考えると、鈴木陽司は昭和三十五年九月二十二日光多俊三郎から別紙目録記載(一)ないし(三)の土地建物を買受け、これを即日控訴人に贈与し、また同年十月十日藤江甚吉から別紙目録記載(四)の土地を買受け、これを即日控訴人に贈与したものと推認するのが相当である」

と認定している。

第二、本件の争点は、上告人と婚姻関係に在つて、且つ世帯を同じうして終始同居生活を営み居る夫たる訴外鈴木陽司と上告人との間に本件不動産の無償贈与が行われたりや否や、又上告人が取得したる本件不動産に対し、所得税法に所謂贈与税を課せらるべきや否やに存するのである。

上告人と訴外鈴木陽司とは夫婦財産契約の存せざる夫婦であつて相互に同居扶養の義務を負い、婚姻生活に要する費用を分担し、家事に関する法律行為については相互に連帯責任を負い、婚姻中自己の名で得た財産はその特有財産であり、夫婦何れかに属するか明らかでない財産はその共有と推定せられ上告人と訴外鈴木陽司とは相互に財産分与請求権を有する関係に在るのである。従つて、上告人又は訴外鈴木陽司がその名において取得した特有財産も、右の法律関係の観点よりすれば、その重要なる部分は共同財産の性質を有すること明らかである。

而して、上告人は所謂旧式の妻であつて、対外関係は一切夫の鈴木陽司に一任し、自ら積極的に他人と折渉するが如き事は全くなく、凡て夫の活動の中で包擁され、安住している妻であることは同人の供述調書により明らかである。本件不動産に関する取引についても、外形的行為は凡て上告人の夫鈴木陽司が当つているが之をもつて直ちに本件不動産が鈴木陽司の財産として取得せられたものと認定するを得ないものである。

蓋し、夫婦間において、或る特定財産が夫婦の何れに属するものであるかは、謂うまでもなく夫婦間の問題であつて、他人が之を夫婦の何れの財産と認むるかによるものでは勿論ない。夫が、妻の為に取得する目的で対外折渉に当り、妻の財産として取得せる財産は、外観上如何に夫が権利主体の如く見えようとも、それは妻の特有財産である。第三者は、その外観によつて、之を夫の財産なりと主張することを得ない。(取り引関係に在る第三者を除く)

原判決の前記認定に援用せられた証拠は、凡て証人光多俊三郎又は藤江甚吉が、本件不動産の取引の直接相手方が鈴木陽司であつたこと、又このことより買主は鈴木陽司であると信じたこと、抵当権設定登記又は仮登記が鈴木陽司名義で為されたことなどその内容とするものである。併し、婚姻関係にある上告人と鈴木陽司との間において、本件不動産を何れの特有財産と為すべきかは各本人相互の意思の問題であつて、他人の関与する部面は全然ない。如何なる外観を呈しようとも、本件不動産を何人の特有財産とするかは、上告人と鈴木陽司との意思により決定せらるべきものたるは言を俟たない。而して、本件不動産(一)ないし(三)については、昭和三十五年九月二十二日、(四)については、同年十月十日、何れも訴外鈴木陽司が一切の法律行為を代行して、上告人の為に所有権取得の登記を為したるものであつて、この時点において上告人の夫鈴木陽司が上告人の特有財産とする意思をもつて、本件不動産を上告人の名において取得せることは一点の疑う余地もないのである。夫婦財産に関する限り、課税の対照として、夫婦何れの財産に属するやを判定するにつき、夫婦の明確なる意思に反して如何なる認定を為し得るであろうか、夫婦間に為されたる特有財産の合意を無視して課税を為すが如きは、勿論許さるべきものではない。

原判決は、前記登記の日時に訴外鈴木陽司が所有権を取得し、即日之を上告人に贈与せる旨の事実を認定しているが、贈与については所謂贈与税の賦課せらるべきことは訴外鈴木においても充分了知し居るところであり(同人の供述)特段の事情の存せざる限り、かゝる不利益を忍んでまで先ず自己が所有権を取得しついで之を上告人に贈与し、上告人のために所有権取得登記を為すが如き愚劣な行為を為す理由はない。この点について、原判決は虚無の証拠により事実を認定したるものと謂うべきである。

畢竟原判決は、夫婦財産別に関する法令の解釈を誤り、本件事案の本質を看誤り、理由齟齬の違法に陥りたるものである。

第三、訴外鈴木陽司は、昭和三十八年以来、事業に失敗し、友人等に対し多額の負債を負担し居ることは、証人勇、佐藤等の証言により明らかなところであつて、特段の事情なき限り本件不動産の買入に要する多額の金員を借り入るゝ能力はない。甲第四号乃至甲第七号証は何れも、右買入代金の借用証文であるが、その貸主の強い要求のため遂にその氏名を法廷で明らかする事を得なかつた。

若し、貸主の氏名を明らかにし、証人として訊問すれば、その貸借関係の当事者は直ちに判明するところであるが、上告人は遂に貸主の許可を得ること能わず、借用証文の貸主氏名欄のみは紙をのり付して提出するの外なき状態であつた。かゝる場合に、一体、上告人の主張は凡て理由なしとして排斥し去るべきであろうか。夫婦財産制に関し、夫婦何れに属するか不明なる財産は、夫婦の共有を推定せられているのである。前記の如き事情の存する場合には、本件不動産が始より上告人の所有であつたか又は訴外鈴木陽司の所有であつたかを明らかにするを得ない場合に該当するものであつて、原判決の如く、上告人の主張を一面的に排斥して始より訴外鈴木陽司の所有であつたと認定するが如きは、明らかに夫婦財産制に関する法例の解釈を誤りたる結果採証の法則に違反し理由齟齬の違法に陥りたるものである。

何れの点よりするも、原判決は破毀を免れない。 以上

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